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その昔、洋の東西を問わず、文化の中心的存在だった宗教…。 現代に於いても、世界の如何なる国にとっても、宗教の存在は依然として大きい事に変わりはありません。 然しながら、宗教に対しての見解は両極端であり、もう一方では、宗教と聞くだけで嫌悪感を現わす人も大勢存在するのです。 その理由は、宗教家からの病的な勧誘に遭ったから、或いは神仏を信仰する行為に生理的な違和感を覚えるから等、理由は人により様々でありましょう。
この様な宗教に対する人間の心理を追求するのが、この宗教心理学なのです。 ところで、宗教自体は歴史を持っていますが、この宗教を心理学的見地から分析するという行為は、意外にも比較的新しいものなのです。 従って、宗教心理学とは、最新心理学の部類に入る物です。 宗教心理学では基本的には、宗教に対して人間が抱く心理、信仰に現われる人間の行動原理、或いは死生観その他、に関しての研究を行なうのですが、実際には宗教心理学はそれのみには留まらないのです。
何故ならば、現存する宗教団体の中には、滅多にはありませんが、犯罪心理学と強い結び付きを持つ物があるからです。例えば、宗教団体の中には犯罪性の高い物もあります。 そういう宗教団体に特有の団体心理を分析し、犯罪を未然に防御するという目的の為にも、宗教心理学は臨床心理学の一部として、社会の為に機能しているのです。 この宗教心理学には、最新心理学のテクニックも応用され、幾多の分析に基づき、宗教に固執する人間の行動や思考を、科学的に分析しているのです。
但し、宗教を扱う場合に限っては、最新心理学のテクニックが、逆に邪魔になる場合もあるのです。 これはひいては宗教に固執する心理が、古今東西に共通する人類の原点である為に、そこに心理学テクニックを持ち込むと却って分析が難しくなるという訳です。 即ち、学生時代に誰しも通過する道かも知れませんが、いわゆる「考え過ぎ」という、ノイローゼに近い状態に陥ってしまうのです。
この「考え過ぎ」の原因として挙げられるのは、宗教では霊界を肯定する前提上、何処までも自分が従になるのに、心理学は科学の一部である以上、あくまでも自分が主になる、その両者の相違にあるから、という事に他なりません。 この相反する性質を併せ持つ意味に於いて、宗教心理学とはバランスを取るのが困難な学問だと言えるのです。
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